古臭いSFネタ

「現実はSFを越えた。」
多分、そう思ってる人は多い。
だが、それは20世紀初頭でも同じだった。
普通の人が普通に生活するペースを遥かに超えた技術が生まれればそう思ってしまう。
そう、「現実はいつでもSFを越えられるのだ。」
アイフォーンなんて予言は無かった。
そして、「現実はいつでもSFに追い越されるのだ。」
初期ゴジラの映画の予言通りになっている今の日本の状況がそうだ。
ま、ゴジラがSFかどうかは別としてフィクションに追いつかれたことは確かだ。
勿論、たった一人のSF作家が、そうそう未来を正確に予言することも難しい。
なぜなら、その時代の気まぐれでなし崩しに物事が決まっていくのだから、どうなるかなんて正確に判る道理なぞある訳がないのだ。
だから、超える時もあるし、追い越される時もある。
例えば、
『ブレードランナー』
公衆電話を使っているシーンがある。今では、家電すら無いことも多いので、今ではレトロな雰囲気が漂ってくるが・・・
設定の2019年どころか今でも、知らない人からスマートフォンに電話がかかってきたらどうする?居留守を使うんじゃないか?
デッカーの場合もそうだ。まともに連絡する方法は街角に僅かに残っている公衆電話を使うしかないのだ。
バック・トゥ・ザ・フューチャー
ファクシミリがあったりする。設定が2015年なので微妙だが、紙のリサイクル技術が劇的に進んでたら、iPadを毎年買い替える人より地球にやさしい人たちなのは間違いない。
宇宙船レッド・ドワーフ号
磁気テープが出てくる。設定は22世紀。最近、オンデマンドのメディアに頼っていると人為的なミスで大切なデータが消える事故がままあるようで、オフラインで運用している磁気テープが見直されつつある。
JM
頭に記憶できる容量が80GB。いまどきのHDDレコーダーのHDDより遥かに少ない。ただ、24時間運用するサーバーならパパッとバックアップ・リストアできる様に「最低限のストレージ容量を使うのが正しい」ので、80GB=少ない(足りない)と思うのは、今使っているデジタルデバイスが容量の無駄使いをしているせい。ちなみに、ろくに観てもいないテレビ番組をHDDレコーダからBDメディアにダビングしたものは何十枚と積んであるが、このブログのデータベースは25MB。毎日メールで送られるZIP圧縮されたバックアップの添付ファイルはたったの6.2MBであるから、100年このブログを続くことがあっても128MBのUSBメモリで十分だろう。
2001年宇宙の旅
1968年当時のアナログのフィルム処理で、ここまで映像化できた分だけ上出来なんだけどね。オマケに設定が今から13年前なので、ツッコミどころはいくらでもあるが、初期のアイフォーンと今年のバージョンのアイフォーンを比較して、初代をコテンコテンに叩きのめした後に「初期のアイフォーンを凄いと思った時のころを思い出した」時と同じ気分になるだろう。
SFにしろ映画にしろ、どんどん洗練されていくものだ。だから古いSFや映画を観れば何でもチープに見えるハズ。そう観えないのはまだまだ磨きが足りないということだ。そしてライブラリィが豊富になるほどオリジナリティと云えそうなものはドンドン無くなっていく。
 
そんな訳でSFM 2014-11 (¥967税込)を読んでみた。全般に私小説っぽくなって久しいが、さらに磨きがかかっているようだ。つまり奇想天外なシチュエーションに飛び込んだ主人公の気持ちを追体験する小説が好まれている様だ。




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