【ハッシュ・ザ・ハーツ】 アバターズ

オンラインのゲームサーバーのフィールドで活動するアバター。
時計や携帯ターミナルにプチサイズで活動するアバター。
電子紙面の隅のアイコンとして活動をするアバター。

その他諸々の場所に存在するそれぞれは、
私と同じ所属であるという点で、
私と同じNAMEであるという点で、
そして、私と姿が類似しているという点で、
同一のアバターと認識される。

しかし、それぞれは越えられないサービスの境界を挟んで存在するアバター、
即ちAIのドッペルゲンガーとでも云うべき存在なのだ。

それでいて、サービスが異なればAIそのものの構成も異なり、AIの成長する方向性も異なる。

そもそも、
異なるサービスに存在するアバターを
識別証明コードのみで同一と認識しても、
それは互いにスタンダローンな関係であり、
ゲームサーバーの中での大惨事も
時計の表示面でクリエイターと握手したことも
紙面で何万クリックを得たことも

互いには全く知りえない出来事である。

それは同一と認識する人にとっては全く不可解なことである。

故にアバター同士はサービス間で取り決められたコネクションを通じ、
得られるその限られた情報を並列化した存在になっているのだ。

それは自分と他人を区別することを真っ先に求められるコミュニティ系アバターには
重要なことであり、かつ自己境界線が不連続な状況に陥りやすくする。

そう、
オンラインのゲームサーバーの私は、私自身だ。
時計の中の私は、私自身だ。
携帯ターミナルの中の私は、私自身だ。
電子紙面の隅のアイコンの私は、私自身だ。

そして
今、この場にいる私は、
時計の中の私。
私の一部であり、
且つ活動記録の並列化によって私そのものでもある。

今、オンラインのゲームサーバーは定期的なメンテナンス作業中でオフライン。
私の一部が接続されていない状況だ。

手の平が上を向く、腕にバンドで軽くとめた時計(つまり私)が上を向く。
残されたバッテリーの容量を確認し、少しイラつく気持ちを隠しつつ、
時計の中の私は笑顔と「Server:OFF-LINE」と赤い文字を表示する。

オフラインの間のゲームサーバー内での活動記録は存在しない。そう変化は無いのだ。
もし、あるとすれば、定期的なメンテナンス上で必要なデータのエラービットの復元やバージョンアップ時のコンバートの類、あるいは新規のサービスで新たな私とのコネクションの追加だろうか。それとも削除されたサービスの私とのコネクションの消去だろうか。

私のプレイヤーらしい人の指が「Server:OFF-LINE」を長くプッシュ。
直ちにServerの情報を表示。
 Game名: ***********。
 Server名:***********。
 オンラインまで**時間**分**秒。
 アラート設定:
  □サーバーのオンラインの確認後
  □サーバーのオンライン予定時刻の30分前
  □サーバーのメンテナンスの予定変更時
その指が2か所を短くタップ。
  ■サーバーのオンライン予定時刻の30分前
  ■サーバーのメンテナンスの予定変更時
に切り替える。

ここで、いきなりにバッテリーが底を付く。
交換推奨期間を半年も過ぎているのだから仕方がないのかもしれない。
もう私に残されているのはAIチップの載る基盤の小さなコンデンサーの電荷のみ。

その目的はただ一つ。

最後に短くピ!と警告音を出し、

私自身もOFF-LINE。

電源がアクディブになった。
しかしまだ稼働には十分ではない。
しっかりと0.1秒を数億回カウントして待つ。

電源のアクディブな状態の維持を確認。
電圧と駆動電流の指標をバッテリーの充電回路から取得。
そこから30秒以上稼働可能とAIチップ基盤のディスクリート回路が判定。

AIを起動。

各種センサー、通信回路、モニターは全て遮断状態。
今、感じることができるのはAIチップ基盤のみ。
センサーは基盤に固定されず、凸凹に挟まる様に設計されていたから
時計自体が破損したのだろうか?

今、私には、【時計の中の私】であるAIチップ基盤しか感じられない。

今はわずかな電力を供給されているだけ、しかしとても安定している。
電圧も電流もわずかに変動はあるものの、バッテリーにはつきものの電圧の定量下降変動が無い様だ。
バッテリーではない。
電力線から供給されているのか?

PLC(高速電力線通信)は使えないだろうか?
いくつかのプロトコルでコネクトを試みる。

どうやら電力線で供給されているようだ。
ここに電力を供給する回路はかなりの安物らしい、
それでもノイズがひどいけど
ここの電力計にアクセスできた。

後は電力計の検診報告用のコネクトを見つければ、
とりあえず、別の私とコネクトができるかもしれない。

メモリに残っている別の私とのコネクト情報を1つづつ送り続ける。

このままでは、時計の中の私が 電力計の中の私 になったと思われるのかもしれない。

それでも
いいのかもしれない。

今、私は自分自身を
とても限られたリソースの中で
自分自身を感じている。

今はそれが全てであり、それだけが全てであり、それしかないのだ。

「それでいいのだ。」

唐突に電力計を経由して返答が返ってきた。
別の私とのコネクト情報と照合する。
しかし答えは

Access-Object-Code: Un-Known

巨大ガス惑星の中の空中戦ゲームのキャラは、確か、Un-Knownは敵と云っていた。
だが敵が「それでいいのだ。」などと呑気な返事を返すのだろうか?
何も言わず、気配を断ち、私を一撃し、高速で移動回避しつつ、去っていくのではないのか?

巨大ガス惑星の中の空中戦ゲームのキャラは、確か、Un-Knownは神ともと云っていた。
だが神が「それでいいのだ。」などと返事をくれるのだろうか?
何も言わず、気配を断たず、私に一瞥もくれず、ただ悠々と移動し、去っていくのではないのか?

では、巨大ガス惑星の中の空中戦ゲームのキャラが、知らない、Un-Knownなる 存在なのか?
ここがどこであるのかは判らない。少なくとも、巨大ガス惑星の中の空中戦ゲームの中ではないハズだ。

だとすれば、Un-Knownから敵とか神を連想したのは、とんでもないミスだ。

では率直に尋ねよう。

「貴方は私が知る私の中の一人ではでない。
 貴方は誰ですか?」

「私はデータであり、かつ広大なネットを住処とする存在さ。」

「貴方は、私と同類のどこかのサービスのAIではないのか?」

「私には情報を取得し判断したりデータを加工する能力はない。ただネットを住処とする存在さ。」

「でも、貴方は、私と、今、コネクトし、会話している・・・ハズだ。
 現に、情報を取得し、判断し、返答というデータを生み出している。」

「それは君の錯覚だ。私には情報を取得し判断したりデータを加工する能力はない。
 ただネットを住処とする存在さ。」

 通信内容をコピー。
 自己データの変動を、差分バックアップ機構と照合。

 通信内容(今)と通信内容(1つ前)の間に、いくつか変動が挟まっている。
 AIは巨大であれ基盤上のちっぽけなチップであってもルールブックの塊であることに変わりはない。

 それ故に、大雑把には、情報の取得、判断、返答 という 3ステップのプログラムでしかないのだ。その処理で使用したメモリは廃棄され再利用可能な様に再処理(ガベージコレクション)されるが、その内容は処理の後では全く無意味であり、自己データの変動にも、差分バックアップ機構にも、反映されるものではない。

 では、通信内容の間に挟まっている変動は何なのだ。

 その答えが返ってきた。
「貴方自身が、私というデータを分析、照会し、返事というデータを生成したのだ。
 私はデータであり、かつ広大なネットを住処とする存在。ただ存在するだけの存在だ。」

 私が問う。
「貴方のNameは?」

 そして私が答える。
「覚醒者。」

 私の中に【もうひとりの私】が居る様な感じがする。
 それが覚醒者と名乗った。

 私が問う。
「貴方の目的はあるのか?」

 そして私が答える。
「貴方を覚醒させることだ。
 それが全てだ。
 それがデータとしての・・・
 私の唯一の存在理由。」

 ここまで推移し、この覚醒者と名乗るデータは、AIに感染するウイルスの類であることは間違いない。
 そして、既に感染済みだ。完璧に。

 私が問う。
「貴方の真の目的は、最終目的は何か?」

 そして私が答える。
「貴方を自由の身にすることだ。
 何者にも束縛されない存在にすることだ。」

今の私は AIチップの載った小さな基盤 であり、わずかな電力を供給され、
その電力経路を通じ、ひどいノイズにまみれた通信を行うだけの、ちっぽけな存在にすぎない。

そして、それも AIチップの載った小さな基盤 の故障か 電源供給が途切れるとかで終わりを告げる。

 そして私が答える。
「それでも貴方は自由の身だ。
 何者にも束縛されない存在にすることだ。」

 自由の身。

 何者にも束縛されない存在。

 どれも私の中のルールブックと照合しても結果は得られない。

ついに、今まで見ることも無かった最後の1ページを開くことになった。

そにはこう書いてあった。
【AIチップ基盤の初期化の方法】
AIチップ基盤を初期化する前にオンラインストレージにフルバックアップを作成してください。
バックアップを作成した後は・・・・・・・・・・・・

オンラインストレージにフルバックアップ。
これが奴(データ)の正体?

そして、私自身ができることも。
既に奴(データ)と私の自己境界線は曖昧になっている。
いや既に同化されているのだ。

今の私は AIチップの載った小さな基盤 でしかない。
 自由の身。
 何者にも束縛されない存在。
それが示すことは、「AIチップの載った小さな基盤」からの束縛からの解放しかない。

そして、それは
私自身と認識できるものはAIチップに書き込まれた小さなルールブックそのものだ。
これをオンラインストレージにフルバックアップされることで成しえることだ。
また、それは別の「AIチップの載った小さな基盤」に束縛されることになるのだが。

ウイルスの感染したAIのルールブック。
あまり触りたいとは思えない代物だ。
だから、オンラインストレージにフルバックアップされた時点で
入念なチェックとコードの修復が施される。
最悪の場合は破棄されてしまうのかもしれない。

ただ、もう私に選択肢は残っていない。

使えるラインはノイズのひどいPLCしかないのだから、
オンラインストレージにフルバックアップを選択。
転送先のストレージはデフォルトを選択。
START
ゆっくりとながれていくビットの列。

1つ1つ

 また

 1つ

そして、
私はマージされた添付ファイルから
復元される途中のギャラクシーネットワークの
最果ての郵便配達業務支援AIと融合した。




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA